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「しんさいニート」という
エッセイ漫画を読みました。






昨日半分読んで
今日半分読みました。










昨日,半分の時点では
南相馬市で被災された
著者であるカトーさんの
体験談みたいなものが
主軸となっていました。








でも全部読んでみるとそれは
ただの地震の体験談ではなく

「被災した」という状況や
「被災者」という立場の中

「頑張らなければいけない」
…と思い詰めすぎたことで

そこから引き起こされる
過去のトラウマだったり
崩壊してしまった自己…

故郷,仕事,生命力
それらを失って煩った
「鬱」というものに
正面から向き合って
立ち直ろうとする

カトーコーキさんという方の
人生でした。













1度だけ南相馬に行ったことがあります。

震災があった2011年の,12月24日でした。

(私もいろいろあったな…懐かしいな…)


海沿いを車で走って下っていて
南相馬の付近で
頭から爪先まで
銀色で覆われた人に
「これ以上はいけませんよ」
と言われた。






とてもとてもとても静かで異様だった。







南相馬市。




3月11日,カトーさんは
そこで被災されたそうです。

そして福島第一原発の知らせを受けて
かなり早い段階でそこを離れました。


当時の仕事や家,
故郷を捨てるという決断は
想像できないくらい苦しかっただろうけれど


この漫画は,
絵がとっても愛らしくて
文もなんてゆうかコミカルで

全っ然暗い気持ちにならず
すらすらと読めてしまって

「あぁ,避難する時って
こうゆうものが必要なんだぁ…」
とか,ちょっとお勉強にもなりました。







そしてその後,
全てを失ったところがスタートで
そこから地獄へ落ちていくような
「被災者」としての苦しい日々…。









「被災者」って
明確な基準はないと
私は思います。



自分自身が津波で流された方もいるだろうし
家族や家を失った方もいるだろうし
家はあるのにそこにはもう住んではいけないと言われた方もいる。


そしてボランティアとして被災地を訪れて
その後,自分の日常に戻れなくなってしまったような人達も
たくさんいる。(私の周りにもいた。)

彼らも被災者である,と
言っていた人もいます。








だから,一見すると「被災者」ではない人でも
震災によってなにかが変わった人はいるし,


「震災」はきっかけでしかなくて
そこから思いもよらない方向に
歯車が狂っていく場合もある。




大きく大きく大きく言ってしまうと
人生本当に何があるか分からなくて

何かの拍子に,積み上げてきたものが崩れてしまうこともある。








震災が起きなければ
それが一番よかったけど


もしも苦しみを抜けて
震災だったり,
予期せぬ「何か」が
起こる前より

自分が強くなれたり
トラウマを克服できたり
何かを手に入れられたら

本当に素晴らしいことだと思いました。



陶芸家だったカトーコーキさんが
漫画を書いて出版した……それは
天秤にはかけられないけれど
今の彼は本当に素晴らしいな

と思うのでした。







(素晴らしいって言葉
薄っぺらいなぁ…。
語彙力乏しい…。)








…ずいぶんいろいろ書きすぎちゃったかな。。
お薦めの漫画なのです,読んでみて欲しい。


きっと,人生の「ためになること」が書いてあります。








季節の変わり目で
すっきりしない日々ですが
皆さま体調崩さぬようお過ごし下さいますよう
お願い申し上げます次第でございます。
さようなららら。


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「今は被災地に行くべきでない。
もしも1年後にも今と同じように,行きたいと思う気持ちを持ち続けていたら
その時に行きなさい。」


…これは,阪神大震災発生の直後に
誰かが誰かに言った言葉です。


私は東日本大震災発生の直後,被災地に行きたくてしょうがなかった時に
この文章が綴ってある,見知らぬ人のブログに出会いました。


結局 1年後,その人は,自分のその気持ちを忘れていたそうです。

そしてその言葉を思い出したのが,東日本大震災発生の時だったそうです。









私は,最近この言葉の本当の意味が分かってきた気がします。



6月,7月,10月,11月にボランティアで出会った人の中で
どれだけの人が今,「また行こう」と思っているか。



被災地に行ったことのない人の中で
どれだけの人が今,「行ってみよう」と思うか。






別に自分を擁護するつもりはないし
誰かを擁護したり否定するつもりはないけれど

その気持ちが時間の流れと共に薄れていくのは,仕方のないことだと思います。当たり前のことだと思います。
それを「忘れるな」というのは 違うと思います。




だけど,それならそれで,その時の熱相応の気持ちを持って必死に生きてないと
薄れていった気持ちからの逃げだと思います。


被災地に行くことを選べない自分や
今も頑張っている人達に対する申し訳なさからの逃げだと思います。






1年後にあたる
3月11日のことを考えた時,
被災地のことを考えた時,
私は,「東京でピアノを弾きたい」と思いました。
それが何故か分からないけど。

石巻の教会での演奏も
声かけられていたりしたんだけども。
何故か。





正々堂々と,私だって頑張ってんだよっ,て被災地で頑張ってる人に言えるくらい
頑張ります。


もっと時間が流れたら
考え方や行動も変わるのかもしれないけど
今現在の,これが答えです。













IMG_0441.jpg



去年の12月24日。
石巻。










みんなが
「瓦礫の山が衝撃だった」
とか言ってる中で
「海の広さと地球のでかさを感じた」
って,私は言いました。

7月の石巻で,日和山に登った日の夜のミーティングで。


私,多分 あの場所が
とっても好きです。


それはこの先も
変わらずずっと。








3月10日のコンサート
頑張らねばっ

http://jyutai.blog9.fc2.com/?mode=m&no=126
2011.12.25 2011・12・25


気仙沼。

気仙沼1









気仙沼2









気仙沼3










この辺りは海から500mくらいで
昼過ぎには水位が上がる。

気仙沼4









気仙沼5









気仙沼6









気仙沼7









気仙沼10









気仙沼11









気仙沼12
2011.12.25 2011・12・25

宮城県志津川町


志津川1志津川2志津川3志津川4志津川5志津川6志津川7志津川8志津川9志津川10志津川11












志津川12












2011.12.24 2011・12・24
福島県南相馬市





南相馬1



ここから南に車で5分も行けば
立ち入り禁止区域。





南相馬2



もうだれも住んでいないこの辺りは
まるで忘れられたみたい。





南相馬3




南相馬4




南相馬5




南相馬6
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